Fox walk (キツネ歩き)って何?

フォトグラファー HAVEN です。

Fox-walk Photography にお越し頂き、ありがとうございます。

Fox-Walk は、日本語で言うと「きつね歩き」。

きつねの歩き方、想像して見てください。獲物に気づかれないよう、そうっと歩きますよね。

下の動画のように、自然のリズムで、大地に衝撃を与えぬよう、しなやかに歩く方法です。自然の中で一体となる感覚も大切にします。

そして、周りの気配にも敏感になれるよう、感覚を研ぎ澄ます感じです。

例えば、スピードを出していると目線の先の、狭い部分しか見えなくなります。

ちょうどトンネルの中を高速で走っているイメージです。

そこを、スピードを落として、ゆっくり、自然の中で一体となるFox walk をしていると、視野がだんだん広くなる。

せかせか歩いているときには、目に入らなかった、いろいろなものが目に入ってくる。トンネルを飛び出して、色々なものが目に入ります。

そうやって、世界を探検しながら、行動してみて、フィードバックを受けて、認識を新たにする。

こんなふうに、松木正さんという方が主催する体験型のワークショップで体験したことは、私の中の大切なバックボーンになっています。

自分が問題と感じることに、どう向き合うのか、という課題に、自分の行動や感覚から学ぶ。それが私にとてもしっくりきたのです。

参考サイト:地球生活術

アメリカインディアン(ラコタ族)の考え方

その中で聞いた、「ホー ミタクエオヤシン(すべてのものは繋がっている)」という言葉。

地球に存在するあらゆるひとびと(ラコタ族の言葉では、動物、人間、自然の区別無く、すべてを「ひとびと」と言います)。

ひとびとが持つのは、幸福に生きる権利で、草木の一本一本も、風も、人間も、同じ「ひとびと」として同じだけ幸福になる権利があると考えます。

また、その生命の重さも同じで、それゆえに一人ひとりの幸福に生きる権利と尊厳を大切にし、調和を保つ責任があります。

人は一人では生きてゆけない。

近くにいて支えてくれる人、動物、植物、鳥、虫、鉱物、山、川、などの多くの生命の中のひとつとして生かされている。

自分は決してひとりではなく、あらゆる存在とつながっています。

「Ho Mitakuye Oyasin(すべてのものは繋がっている)」

そして繋がる方法として、私の辿り着いた表現が、写真を撮るということ。

ここから始めて、色々な人、ものと繋がっていく。

写真と文章で、どんな相互作用を起こしていくのか。

その試みを綴っていきます。

松木 正 さんについて

Fox-walk の名前を知ったきっかけは、松木 正さんという、環境教育の実践をされている方の本でした。

環境教育とは、「環境の質」と「教育の質」を緊密に結び付けたもので、生物学者、社会学者、都市計画家でもあったパトリック・ゲディス(Patrick Geddes, 1854年 – 1932年)が、エディンバラで独自の自然学習(Nature Study)の理論と実践を作り上げていったのが始まりだそうです。

松木さんは環境教育の本場、アメリカで出会った、先住民族であるラコタ族の伝統儀式を執り行うことを許された数少ない日本人の一人でもあります。

1990年に「マザーアース・エデュケーション」を設立し、環境教育を軸に活動を展開されています。


あなたは、無理をしていない?
あなたの本当の気持ちから、目をそむけてはいない?
風に耳を澄まし、ハートのささやきに耳を傾けてみよう。
魂について語ることを恐れてはいけない。

思い悩んだり、身動きがとれなくなったときは、メディスンホイールを思い浮かべるといい。
そして、思い通りにならないものを自分の中に受け入れたとき、相手の声が聞こえてくるはずだ。
「そうだね、すべてのものがつながっているんだね。」

そう思ったとき、あなたは自分を信頼して、美しい人生の一歩を歩み始める。

ラコタ(スー)族の人たちに学び、日本で独自の教育活動をする著者が、彼らの生き方、考え方、言葉の中から、私たちが「美しく、心豊かに生きる」ためのエッセンスを語る。 松木氏Websiteはこちら

<マザーアースエデュケーションの活動理念>

「そのすべての活動の中心にあるものは 生命(いのち)=存在(being) の尊厳を育むこと。
自分の生命、他者の生命を大切にする心こそが互いの価値を大切にする関係性を生み出します。
またその学びは単に知識を注入するだけにとどまらず、体験を通して自分と関係づけ、自分のこととして学びとる “主体的学び” である必要性があります。
その「学びの場」を作ること、学ぶ人のそばに寄り添うことが私たちの仕事です。」


宮沢賢治の表現


環境教育と関連するかどうかわかりませんが、周囲の環境に思いを馳せ、言葉として素晴らしい表現をしている一人が、宮沢賢治だと思っています。

「わたくしといふ現象は
仮定された有機交流電燈の
ひとつの青い照明です
(あらゆる透明な幽霊の複合体)
風景やみんなといつしよに
せはしくせはしく明滅しながら
いかにもたしかにともりつづける
因果交流電燈の
ひとつの青い照明です
(ひかりはたもち その電燈は失はれ)・・・」

これももう、この出だしで、一気に別世界へ連れ込まれてしまう。
この感覚がたまりません。

賢治の生涯をじっくりと辿って、苦悩に対する文字の感性があまりに透明で。
泥の中で発芽する、蓮の花を思わせます。

毎年、9月21日命日に、賢治詩碑前で、朗読や合唱、踊りなどが開催され、2016年は、生誕120周年で、特に盛大だったようです。

私も参加したことがあり、原体剣舞連を生で鑑賞できました。

賢治が見聞きしたことを自分自身も一部、体験できたことで、作品も、以前よりより身近に感じられる気がします。

下記の動画も、ぜひ。