助けることへの快感

今日は、「龍とそばかすの姫」を観てきました。

Uというアプリの、解説と世界観から入るあたり、今っぽいなぁ。

龍とお姫様? なんかファンタジーみたいなもの?

人生やり直せる擬似体験

竜のアバター元の男の子のいう言葉が刺さりました。

「助ける助ける助ける! うんざりなんだよ!!」

言葉だけで、実際には何も手を差し伸べられない人々が浮き彫りになったコロナ禍での、社会構造を重ねてしまった。

助言への執着

人を助けるとき、脳内でどんな現象が起こっているのか、という研究が行われ、つぎのようなことがわかっています。

人助けの時、脳は3つの化学物質を分泌します。

・セロトニン(強い幸福感を生み出す)
・ドーパミン(やる気を高める)
・オキシトシン(他者とのつながりを感じさせる)

これらを「ハピネス・トライフェクタ」(3つの幸せホルモン)と呼んでいます。

この3つが組み合わさった結果として生じる幸福感を、人は当然、繰り返したいと思う。

それが全てではありませんが、人助けで役に立てた、という感情を引き起こすひとつの要因なのですね。

人を助けることは、もちろん、すばらしいことなんですけども・・・

私も、昔は人に喜んでもらえるのが嬉しくて、褒められたらやる気が出る、それなのに、なぜかトラブルが起きて傷ついた時期がありました。

人助けの境界線

人を助けたいという欲求が抑えられなくなり、自分の目的意識が他者、すなわち自分の指導を必要としている相手に直接結びついてしまうと、助けているのはもはや他者ではなく、自分自身ということになります。

具体例を挙げれば、

宮沢賢治の詩のような感じでしょうか。

東ニ病気ノコドモアレバ
行ッテ看病シテヤリ
西ニツカレタ母アレバ
行ッテソノ稲ノ朿ヲ負ヒ
南ニ死ニサウナ人アレバ
行ッテコハガラナクテモイヽトイヒ
北ニケンクヮヤソショウガアレバ
ツマラナイカラヤメロトイヒ
ヒドリノトキハナミダヲナガシ

(雨ニモマケズ より)

問題なのが、常に周りが困っていなければならないということです。
つまり、助けにはせ参じて、その人の問題が解決して、幸せな状態になったとしたら、もう助ける必要がなくなってしまうので、その場を離れることになってしまう。

なぜそうなるのでしょう? 考えてみてくださいね。

今思い返せば、私自身が、助けたい、なんとかしたい相手のことが、ずっとなんとかできないか?と考えて、それが本人の意図と少しずつ、ズレていって、

理由は、幸せになることが目的ではなく、助けることが目的だから。

だから永遠に幸せになれないわけです。

この問題は、エージェンシー・アディクション、または「ホワイトナイト症候群」 と呼ばれています。

これは、(自分のアドバイス、コーチング、アイデアなどで)人を支援することによって相手を救いたい(そして自尊心を保ちたい)という欲求として定義されます。

助けたい思いの先に待つもの

これは、補償行為の一種でもあります。

補償行為というのは、罪悪感や無価値観を補償するために行う行為のことです。
補償行為の特徴は、やってもやっても、満たされることが無く、やがて疲れ果て、燃え尽きてしまうことです。

健全な援助とは

自分が他者の成功を手助けしたときと同じように、他者が自力で成功するのを見て喜ぶのが、健全な主体性の持ち主です。

自分自身を見捨てていないか?

誰かを助けられなかった、見捨ててしまったと思っていないか?

チェックしてみてくださいね。

困っている人がいれば、助けるということは素晴らしいことですが、自分自身が幸せになるということを、ついうっかり忘れてしまわないように。

「まず自分を満たしてから、他者を助けられる」というのは、こういう理由があるのですね。