映画「にしきたショパン」どうだった?

この映画は、観客に「想像する余白」を与えてくれます。

それが、観た時のあなたの心の状態を投影していると言えます。今回は違和感でしかなかったものが、次回は心に刺さってきたり、何も感じなかった場面で、そういうことか!と腑に落ちることも。
人生の節目で何度も観ると、より感じるものがありますよ。

その場で演技しながらの演奏録音ができたという、大変珍しい作り方をした映画でもあります。

ですので、映画の感想も、ふーん、と思う人もいれば、感情移入して泣けた人、イマイチやん、でも気になる、と思う人、観た人の数だけ、価値観の違いがあって、それを楽しむ映画で、それが映画の楽しさですよね。

みんな違って、みんな良い。

元町映画館満席

映画を見た人のブログ、コメント紹介

こんな方達が応援していたんだ、訪れてみよう、というきっかけになることを祈って、ご紹介させていただきます。

フォー・オール・ボクシングコミュニティ  代表 三宅一広 さま

「中村拳司くん 「夢」それは叶えるもの 大きく翔いて下さい」

大阪で演技を気軽に学べる「演技レッスン笑素(えす)」様
「主演の中村拳司君が、レッスンに来てくれているご縁で「にしきたショパン」の試写会にいかせてもらいました」

杉本宏江 夢(ムー)Piano教室 様
「水田汐音ちゃん、現在は大阪音楽大学ピアノ科の1回生。
映画の中では素敵な演奏を披露してくれています。この映画の撮影は県立西宮高校3年生の春から秋にかけて行われました。レッスンに来るたびに撮影中の色々なお話を聞かせてもらいながら応援してきました。」

映画「にしきたショパン」東京では4/9まで@池袋シネマ・ロサ  清水友美様

近藤浩平さんの楽曲がめちゃくちゃ効果的です…!!!

私が2年前のコンサートで「海辺の雪」を演奏した時も現代音楽が苦手というお客様でさえ「最も感動した」と仰っていたのが、印象的でした。

中洲大洋で映画【にしきたショパン】を見ました! junsky07 さま

佐賀の海苔漁師でフジコヘミングが弾くリストの『ラ・カンパネラ』に
感動して数年掛かりでものにしてYouTubeにUPした徳永義昭さんが
見に来ていた処を近藤さんに見つかって、

トークショーに引っ張り出されて、飛び入り参加したそうです。

anttiorbの映画、映像の世界
今作は、ピアノを通じての淡い二人の恋が、阪神大震災が引き裂くことになってしまうんですね。 ピアニストとしてショパンが得意な凛子、しかしそれがネジまげられていくことと、鍵太郎も生きていくためにもういうことの利かない左手でピアニストではなく、専属作曲家として生きていくんですね。
離れてしまった二人の運命がひょんなことからもう一度繋がっていく、ちょっと切ないお話でしたね。

くらうちピアノ教室 様

「この映画の中で使われたピアノが恩師、故 下村和子先生のものだと知りました。
私が師事していた当時、先生は京都市立芸術大学ピアノ科の教授でバッハ研究の第一人者でありました。」

さかいピアノ教室 坂井智子様

大阪府箕面市ピアノ教室atelierLEEWAY 様

武庫之荘さとう式リンパサロン【香りの園】香園信子 様

兵庫県立西宮高等学校同窓会
主人公であるヒロイン・凜子役に水田汐音さん(72回生)、高校時代の恩師“達磨先生”役に泉高弘先生(元県西音楽科非常勤講師)が出演するほか、主人公が通った高校として県西でロケが行われました。

神戸女学院
本学内で撮影が行われた映画が公開されました。

時には、鋭い視点からのコメントがあったりします。

<感想1>

映画のK君は、中盤でそういう踏ん切りをつけるような生き方をできずに、苦悶を抱えて人生を悪循環させてしまっています。そして気付けば、大切な親友をも傷つけるようなことまでやってしまう。
はっとしたときには時すでに遅しで、友人Rさんから彼は、彼と同じようにピアノの道をも奪ってしまうことになるのです。むろん彼一人の責任というわけではなく、Rさんの周囲の人間数人の彼女への接し方が、相重なって起こった悲劇ではありますが、彼がその事態に気付いたときには、もう取り返しはつきませんでした。
そしてラストです。二人ともがピアノの腕前という、かけがえのない宝物をなくしてはじめて、K君は幸福とはどういうことかと考え、そして目覚めます。追いかけます。幸せを。彼女を。だけど逃げられてしまう。必死になる。何とか取り戻そうとすれど、どんなにもがいても見つからない。
Rさんの方もまた、そこにあるはずの幸福を手に入れるだけの勇気を失ってしまっていた。そしてとうとう気付いた。自分にとって、ピアノとはどういう存在で、自分はピアノでもって何をやりたかったのか。
いや、気付いたというよりも、許されたと言った方が当たっています。ピアノをまともに弾けなくなることで、初めて彼女は自分のやりたかったことを思う存分にやらせてもらえるようになったのです。
葛藤してK君からも親からも逃げまどい、掴めるはずの幸せを放棄していたRさん。その二人を最後につなげてくれたのは、他の誰でもない。二人の恩師でした。
主人公二人がようやく再会したところで映画は終幕します。この後の展開を視聴者の想像に委ねるところなんか、ズルいけど最も効果的な感動の呼び方でしょう。そうです。二人はきっと、ピアノに自らが課していた高いハードルを、ぐっと下げたに違いない。そして幸せになれた。
ろくに努力もせずして目標を下げ続けるような生き方では、成功はもちろんのこと幸福も手に入れることはできません。だけどもやはり、人生のどこかの時点で、自分にとっての幸福な状態っていかなるものだろうかと考えて、到達目標を下方修正することが必要となることもあるでしょう。
僕はそうしてきました。そして今、大げさに言えば、これ以上何を望もうかと言わんばかりの幸福な生活を享受させてもらっています。
たとえば、こんな文章がスラスラと書けるようになるだなんて、数年前に文筆修行を開始した時点では想像もできなかったこと。それが今、現実に起こっています。
それでいて、ココからプロの文筆家を目指すほどの強欲はなく、あくまでも自分はエンジニアで、文筆家と自称したとしてもアマチュアのままです。それでいいのですよ。それが一番幸せな状態でしょう

<感想2>

最近見聞きした物語の中では、「のだめカンタービレ」と好対照。

いわば陰陽の関係といいましょうか。

のだめが陽で、にしきたショパンが陰。
どちらも音楽の喜びと苦しみを描いていますが、
のだめはギャグ漫画テイストで陽気なのに対し、
にしきたショパンはシリアスで少し暗い。
この暗さの原因の一つは、登場人物が我々と同じ、震災の当事者だということです。
そこで運命が分かれてしまった。
鍵太郎に才能はあるが、貧乏で、その上震災で親もチャンスもなくす。
作曲の才能を生かしてはいるが、中途半端な立ち位置にいることで、
音楽や音楽家への屈折した思いに拍車がかかる。
最後には雇い主を失い、右手の能力を失いかけた凛子と再びまみえ、
そこで映画は終わるのですが、
この2人、特に鍵太郎は、
この先も何を失うんだろう?という不安を見ていて覚えるのです。
とはいえ、凛子の家のロケ地、その裏話を思い出してクスッとなったり、
犬の散歩させてるおじさんに着目したり、

ちょっと別の楽しみ方をさせてもらいました。

てか、あの2台ピアノの部屋(凛子のピアノ部屋)、
あの家の中にあるんですかねえ?
2台ピアノの部屋って、音大の教室とか、生徒持つ有名ピアニスト宅、

くらいのところにしかなさそうですが。

(音楽されている人の鋭い視点!)

憎らしくなるくらい、例えば音高や音大に、さらにはプロとして活動する仲間同士にさえ、ゴロゴロ転がってる「格差」の縮図になっているので、貧しさを経験した音楽家なら見逃せないはずです。

興行成績

元町映画館 1週間連続 満席469名(上映回数7回 67席)

シネピピア アンコール上映期間 2週間連続 ほぼ満席 平均38名/42席

(2021.5.20)