10月ですが、私が関わっている映画「にしきたショパン」が、広島県福山市のミニシアター「シネマモード」で上映されることになり、舞台挨拶の様子などを記録するため、プロデューサーや監督と一緒に福山市へ行きました。

下記の映画オフィシャルチャンネルに、その様子をアップしています。

福山シネマモードは、福山市駅前から徒歩で行ける近さで、レトロな内装が素敵な映画館でした。

プロデューサーが、たまたまインターネットで東日本大震災復興支援の作品募集を知り、応募した小説「マスター先生」が、「にしきたショパン」の原型なのです。その作品募集プロジェクトを作られた方が、福山シネマモードとのご縁を繋いでいただきました。

「マスター先生」は、プロデューサーが「香盛(こうもり)修平」のペンネームで書いたエッセイのような短い小説です。
阪神淡路大震災で全壊した北口市場にあったバーを失い、現在ピアノバー「おでんでん」のマスター泉さんをモデルにしたフィクション小説。
泉マスターが弾くショパンノクターン遺作を聴いて、阪神淡路大震災の記憶が甦ったそうです。
当時、ガス会社社員だった近藤プロデューサーはこのように綴っています。
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「当時のガス会社の社員は、地震時出社カードという大地震が発生した場合の行動基準が書かれたものを携行していました。会社からの指示がなくても震度を基準に自動出社を定めたものでした。

とにかく会社へ
しかし交通手段はなく、当時の勤務地であるガスビルに行くことは無理と判断して、仁川のマンションから最寄りの阪神西宮北側の支社に向かいました。
仁川から阪神西宮までの道のりで目にした光景。今も現実なのか夢なのか定かでありません。
阪急今津線を跨ぐ新幹線や国道171号の橋梁の崩壊した姿。座屈したマンション、崩れて道路を占拠している戸建住宅。
その下に人がいるのかいないのかもわからない怖さ。
何もできない自分の弱さに胸が痛くなりました。
その後「開栓隊」いう役割で復旧活動の本当に一部を経験しました。
私の担当エリアとなった東灘区周辺の震災で傷ついた街。
全国から駆けつけてくださったガス会社の応援も力となり、ガスが開通した住宅を回り、室内のガス設備の点検をして、ガスをまたお使いいただけるようにするのが「開栓隊」の仕事でした。
最後にコンロの点火テストをして火がついた瞬間に、涙を流される方もおられました。
異様に暗く、夜空の透き通った被災地を復旧作業で歩いていた時に、どこかからピアノの音が聴こえてきました。
この状況でピアノの音を鳴らすことも気遣われていたのか、語るようなショパンでした。
思わず足が止まり涙が流れました。「人がそこに生きている」そんな当たり前のことを考えていたと思います。
「マスター先生」がきっかけになり、映画「にしきたショパン」の企画がスタートしました。
震災の被害の大きさを語り継ぐというよりは、震災後にどう生きたかに焦点をあてたストーリーにしたいと竹本祥乃監督、脚本協力の北村紗代子と共に考え抜き、新たに生まれたのが「にしきたショパン」のシナリオです。」
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小説は、震災に対しては無力でも、その人の大切にしているものと向き合い続ければ、いつか前に進むことができる。そんなメッセージを被災者に届けたいと思って書いたものだそうです。

上映後のサイン会

福山風景探訪(福山城、鞆の浦)

福山城

福山城

舞台挨拶の後は、桜の名所でもあります、福山城へ。

なんと、福山駅が城の内堀を埋めて作ったため、お城の敷地内を新幹線が通るという、非常にアクセスの良いお城です。写真で近さがわかると思います。特に春はきれいです。

福山城天守閣は昭和40年代の再建ですが、内部が市立の博物館になっています。

お城写真好きなら、駅の入場券を買って入っても、撮る価値はあると思われます。

近さは、新幹線福山駅のホーム上から福山城全域を撮影することもでき、まずはここから!

さらに移動して、

駅のホーム東側:月見櫓を眼の前に撮ることができます。

駅のホーム西側:伏見櫓を眼の前に撮ることができます。

駅南側の高層ビル「福山ニューキャッスルホテル」からの眺めも撮影スポットです。

天守閣正面に最も近い部屋は3501号のツイン。福山ニューキャッスルホテルは、とにかく親切で、カメラマンにとって一押しの宿という情報も!

日暮れからはライトアップも行われます。

お城の特徴は、天守曲輪が本丸の北寄りにあり防御が手薄なため、天守北面の壁一面に鉄板が張られ、北側からは黒くみえるという点です。

あまり知られていない名前ですが、藩主は、水野勝俊という方です。

徳川家康とは従兄弟の関係で、猛将としても知られる武将だそう。

10万石の身代としては規模の大きい城が築かれたのは、西国雄藩の中に幕府が打ち込んだ楔(くさび)の意味合いもあったようです。

武家諸法度により新たな城造りが制限されている中、幕府はいわゆる「天下普請」に準ずるものとして築城を許可したとか。

干拓・開墾・治水事業、更にはその資金を補うために全国に先んじて藩札を発行した他、寺社仏閣の修理・再建など、福山市の発展の基礎を築いた方だそうです。

鞆の浦(とものうら)

鞆の浦のシンボル 常夜灯

翌朝は雨模様でしたが、鞆の浦にも足を伸ばしました。風情のある町並みで、旧跡も多く、鯛で有名なところです。

鞆の浦の「鞆(とも)」とは、弓を射るときに手首に巻いた防具のこと。
半円形の沿岸の形がその「鞆」に似ていることから「鞆」と名付けられたといわれています。

『雁木(がんぎ)』が特徴的な港がありました。雁木は、潮の高さが変わっても船をつけられるようになっている石階段のことで、鞆の浦の雁木は、福島正則の家老・大崎玄蕃作。

当時の姿のまま現存するものはほとんどなく、鞆の浦では、コンクリートに覆われてしまっているものの、現在もその形が残されています。常夜燈の東側にあります。

常夜燈(じょうやとう)が、港のシンボル。

映画『銀魂』、ドラマ『流星ワゴン』『ウルヴァリン・エピソードニッポン』、小津安二郎『東京物語』の映画などのロケ地としても使われた、絶好の記念撮影スポット。

日が暮れると明かりが灯り、より一層ロマンチックな雰囲気になります。

私は、けんちゃんのいりこ屋で、ちりめんの中でも特に珍しい、赤腹ちりめんを購入。

エビ系プランクトンを食べて、色素成分の「アスタキサンチン」がお腹の部分にたまるため「お腹が赤く」見えるちりめんです。旨味成分が、普通のちりめんの数倍含まれているとか。

仙酔島も、台風で道は一部封鎖されたり、だいぶん人気が少なかったですが、それでもちらほら、人を見かけました。「崖の上のポニョ」の舞台にもなりました。

鞆の浦はさまざまな映画ロケにも使われていますね。

蛇足ながら、シネマ尾道で、小津安二郎の影響を強く受けたヴィム・ヴェンダース監督の「ヴィム・ヴェンダース レトロスペクティブ(東京画)」を見てきました。

バリアフリー上映に向けたクラウドファンディング

日本は現在、高齢化が進んでおり、映画の音声が聞き取りづらいという方がいらっしゃいます。

プロデューサーが、東京のちいさな映画館、シネマ・チュプキ・タバタで映画を鑑賞したことがきっかけで、日本語字幕の必要性を感じられたそうです。

セリフ・効果音などが画面に字幕で表示されることにより、聴覚障害をお持ちの方や高齢の方などで、聞き取りづらいという方にも映画をお楽しみいただけます。

※聴覚障害等がない方どなたでもご鑑賞いただけます。

※内容は通常版と変わりません。映像・音楽などオリジナルのものを鑑賞いただけます。

予算のない自主映画のため、竹本監督自ら試行錯誤しつつ、字幕作業に入っています。

来年には、実験上映を何度か企画しているそうです。ぜひ、応援いただければ、と思います。